Sunday, February 23, 2014

シープドッグいろは歌留多 あ~し

あまり面白くもないのになぜ続けるかというと、それは、始めてしまったからです。。。

【あ】頭掻けても尻掻けず
   ←頭隠して尻隠さず
(犬ってふつうそうでしょ)

【さ】柵も木から腐る
   ←猿も木から落ちる
(もう年がら年中、柵の修理をしてる気がする)

【き】極めてお気楽、見事に遅刻
   ←聞いて極楽見て地獄
(中にはゆるゆるの犬もいて、あろうことか仕事に遅刻する)

【ゆ】悠々自適
   ←油断大敵
(引退したシープドッグが母屋でのんびりと暮らす様)

【め】目の上のタン
   ←目の上のたんこぶ
(トライカラーにはよくありますけど、それが何か?)

【み】身内から出た恥
   ←身から出たさび
(どこに出しても恥ずかしいヤツというのはいる。人も犬も)

【し】知らんわ、ほっとけ
   ←知らぬが仏
(勝手なことをする犬は放っておくに限る)


Saturday, February 22, 2014

オトナのフリ

中高生の頃、中年越えのオッサンと言えば、理解も共感も及ばない、完全に隔絶した存在だった。別に悪口じゃなく、オッサン達は確かに不格好で横柄だったりもしたけれど、人間社会というものにどこまでも通暁した安定感抜群の存在、という意味でだ。
それに引き替え自分は、無知で無力で、強がるくらいしか世渡りの武器の無い、情けない存在だった。それでも自分も歳を重ねていけば、どこかで別人種にガラリと生まれ変わるのだろうと、何となく思っていた。
今、実際に馬齢を重ねてみて、それが間違いだったことがわかる。

その頃と今の心根は、見事なくらい地続きだ。
全く同じとは言わないが、少なくとも断絶は無い。
もし今、14歳の容姿になれたとしたら(なりたくないけど)、違和感なく高校生活が送れる自信がある。
それを確かめる術は無いし、実際にはそうじゃないのかもしれないが、そういう風に思えてしまうとところは否定できない。

何が言いたいかというと、オトナというのはなるものではなくて演じるものだということが、段々とわかってきたということ。
最近、つくづくそう思う。
子供っぽい欲望やわがままは、いつまでもたっても消えて無くならないことが、実際に歳を重ねてみると骨身に沁みてわかる。

多分私たち大人はみんな、常識をわきまえたオトナを演じることで、周りの人間から信頼され、時には頼られたりもしながら、それを隠れ蓑にして世の中を渡っている。ミもフタも無い言い方だけど、それが実情だと思う。

ある種の社会的地位にある人たち、例えば学者や社長や芸能人やアーティストなどには、子供っぽい人が多い。それは彼らが選択的に子供っぽいのではなく、彼らの職業がそういう風に認知されていて、ことさらオトナを演じなくても、周りからちゃんと遇されるからだろう。
「老人」もそういうポストの一つで、よく「老人になると子供に還る」と言われるけども、それは長く生きたということで一目置かれ、仮面を着ける必要が無くなったという面もある。

...とここまで書いて、急に書く気力を失ったので止めます。
コドモだから、許してね。

Wednesday, February 12, 2014

シープドッグいろは歌留多 や~て

【や】焼くもの無いの?全然肉無い!
   ←安物買いの銭失い 
(犬連れBBQでは、往々にして悲劇が...)

【ま】巻き尾はちょっと
   ←負けるが勝ち
(Jの字は好まれるが、背中の上まで巻いた尻尾は敬遠される)

【け】毛はみ出て薄く
   ←芸は身を助く
(く、苦しい、、とても苦しい、、、でもそれが快感)

【ふ】笛は鳴らねどタカが用事
   ←武士は食わねど高楊枝
(コマンドが無くても、日々の用事くらいは犬が勝手にやってくれます)

【こ】ころがされて強ぇ~
   ←ころばぬ先の杖
(強い羊に頭突きされて、すっ転がされるときもあります)

【え】得てして音を上げ
   ←得手に帆を上げ
(最初に威勢の良い犬は、バテるのも早い)

【て】停止をすれば良いんだし
   ←亭主の好きな赤えぼし
(ライダウンは、形はどうあれスピードが緩まればOK)

Sunday, February 09, 2014

フル天才

「振る」という行為は、先端に付着した、あるいは内部に残存した水様物を散逸させるために、子供未成年高齢者含めたほぼ100%の男性が日常的に経験している。これを怠れば、起立や収納の際に、不覚の一滴が衣服に付着あるいは床に落下することとなり、極めて不愉快な事態を惹起する。
自分の場合、当該行為を5歳齢から1日平均5回実施してきたとすると、今までざっと8万9千回繰り返したことになり、これは日本に生息する動植物種に匹敵する数字である。だからどうというわけでもないが。

世の中には1万時間の法則というのがあって、これは、一般に天才と言われるパフォーマンスが実は生まれもってのものではなく、ほとんど例外なく1万時間に及ぶ専門的トレーニングの賜物である、という説。雑誌記者のマルコム・グラッドウェル氏という人が「天才」と言われた偉人たちを調べ上げ、この法則を見出したらしい。
何だそんなもんかと一瞬思うが、1万時間と言えば、1日5時間のトレーニングをしたとして、それを5年以上休み無しで続けないといけないわけで、やっぱり尋常じゃない。それだけ努力できるということが、生まれつきの才能なんじゃないの?と思ってしまう。

でも、ちょっと待ってほしい。

もし一回の行為に1/10時間=約6分の時間をかけていれば、「振る」ことにかけては天才の仲間入りができたかもしれないということか。もしそういう競技があったとしたら、今頃ソチに行っていたかもしれない。いや、さすがにオリンピックは厳しいとして、ちょっとした名士とかカリスマとか教祖とか、少なくとも地方の有名人くらいにはなっていただろう。惜しいことをした。

さ、現実逃避はこれくらいにして、動物の世話をしにドロドロのフィールドに出ていくことにしよう。

 

Tuesday, February 04, 2014

シープドッグいろは歌留多 ら~く

【ら】ライダウンあればクロッシングあり
   ←楽あれば苦あり
(単純な作業から高度な技まで、一通りこなせるようになること)

【む】無理に通せばそれがシェディング
   ←無理が通れば道理ひっこむ
(群を二手に分けるため、強引に羊の隙間を通させる)

【う】うしろから出たとこ勝負
   ←うそから出たまこと
(ルックバックで見えない羊を追いに行きます)

【ゐ】いぬが見えても動じない
   ←いもの煮えたもご存じない
(こういう羊はトライアルドッグにはしんどい、、、かも)

【の】のど元撫でれば背中丸まる
   ←のど元すぎれば熱さ忘れる
(のけぞって抵抗する羊も、腹を撫でてやれば丸くなって毛が刈りやすくなる)

【お】追い手が子羊を従え
   ←老いては子に従え
(強い犬ほど子羊には優しいので、子羊がついていくことも)

【く】臭いものにはダイブ&ロール
   ←臭いものにはふた
(犬のクセは千差万別なのに、これだけはなぜか共通)
 

Saturday, February 01, 2014

失礼とかそういうレベルじゃないかもしれない

何なんだろう、この激しい物忘れは?

一週間前に今日の4時に事務所に伺う約束をして、それを午前中までは当然のように覚えていたのに、午後にはもうキレイさっぱり忘れていた。

代わりに何をしてたかというと、3時53分からやってる「最高の離婚」の再放送を見逃さないために家の用事をどうかたづけたらいいかとか、そんなことばかり考えていた。
で、先方から電話がかかってきたときは、あんだようるさいな、今いいとこなのに(怒)状態で、不機嫌声で応答する始末。

平身低頭。

もう、健全な社会生活を送れない身体になってるのかもしれない。