Friday, October 20, 2017

かけ声

犬の美点は数々あるけれど、その第一番は、立ち上がる時に「ヨッコラショ」と言わないことだと思う。
どれだけオッサン臭い犬でも、これはしない。
なぜって、それ言ったら飼い主に殴られるからだろう。

子供の頃、周りの大人たちが、腰を上げるたびに声を上げ、湯船に浸かって「ア゛~」と呻り、グラスを干して「ハァァァ」と嘆息するのを聞くにつけ、こういう空疎で定型的な発話をする大人にだけはなるまいと心に誓ったのに、気がつけば言いまくっている自分がいる。

、、、というようなことを書こうとしたのは、10年ほど前の話。
残念ながら、没ネタとして封印された。
きっと、心のどこかにまだ若いという衒いがあって書けなかったのだと思うが、今はその辺はもーどーでもよくなってきている。

それに今回はオチもついた。
いつのまにか、「ヨッコラショ」が「アイテテテ」に変化していたのだ。

別に本当にどこかが痛むわけではない。
「痛むかも」という予感だけで声が出てしまっている。
身体各部に警報を発するとともに、周囲に対してスローな動作の言い訳をしているのだろうか。
どーでもいいけど。

いや、これじゃあオチにもなってないですね。
やっぱ、書くんじゃなかった。

Sunday, September 17, 2017

むしのはなし

捻転胃虫(ねんてんいちゅう)という、椎名誠や筒井康隆のSFに登場しそうな、ふざけた名前の虫がいる。

虫は虫でも、反芻する草食動物の第四胃に棲みつく寄生虫である。
名前の語感とは裏腹に結構怖いヤツで、繁殖力が強く母体の致死率も高い。
なぜ、寄生虫のくせに宿主まで殺めてしまうかというと、成虫が産卵のために盛んに吸血するため、重篤な貧血と、それに伴う臓器不全や衰弱をもたらすからだ。

ちなみに英語圏では、Barber pole(理髪店の縞々サインのこと)という、これまたこジャレた名前で呼ばれている。成虫の体表にらせん状の赤い縞が表れるからだ。
その正体は吸い取った血が透けて見えたもので、そうと知ってから写真を見るとかなりグロい。重症患畜の胃を切開すると、2cm程度の成虫が「うじゃうじゃ」と喰らいついているのが見えるんだそうだ。
げろげろ。

成虫が産んだ卵は宿主のフンとともに排出される。
濃厚感染の場合、その数はグラム当たり数千~数万個にも上る。
体外に出た卵は、適当な水分と温度(10度以上)があれば、3~7日で孵化する。
孵化した幼虫は熱や乾燥にも強く、草などに潜みながら再び宿主の体内に取り込まれるのを待つ。
胃に帰り着いた幼虫はすぐに成虫になり、2週間程度で繁殖を始める。
3~4週間という短い世代交代サイクルによって、早い増殖スピードと高い環境適応能力を有する。

「胃壁に喰らいつく」と聞くと、人間の場合アニサキスを思い出すけれど、あれは高々2~3匹で七転八倒の痛みを伴う。その伝で行くと、念転胃虫の痛みも相当ではないかと思うが、動物が辛抱強いのか、あるいは痛みは感じないのか、そんな素振りは見られない。
ただ、何となく覇気がなくなり、食欲が落ち、ちょっと具合悪いかな?と首を傾げていると、そのうち立てなくなって逝ってしまう。

もともと草食動物は我慢強い(弱みを見せると襲われる?)ので、目に見える症状が現れた頃にはかなり弱っている。「しばらく様子を見ましょう」とか「検査の結果を見てから」などと悠長なことを言っていると、すぐに手遅れになってしまう。

もっとも効果的とされる治療は、抗寄生虫薬(イベルメクチン)による駆虫だ。
手遅れでなければ(母体の回復力があれば)、病状は劇的に改善する。
ただし最近は、薬剤耐性を獲得する虫体も増えているらしい。また、動物によっても効き方がまちまちで、規定量の倍を投与しないと効かないケースもある。
投薬した、あるいは症状が改善したからといって、安心はできない。

実は、みわファームも開設当初に苦い思いをしている。
その後の駆虫プログラムが功を奏したのか、長らく事無きを得ていたのだが、今年、久しぶりに患畜を出してしまった。
メチャクチャ不快だった今年の長雨と高温が、幼虫たちには最適だったのかもしれない。
気候変動の影響を真っ先に受けるのは、たぶんこういった微生物の世界だ。

ところでこの記事を書いていて、捻転胃虫がアナグラムの宝庫だということを発見した。
年中移転、天然注意、中年転移、威年天誅、、、
「意中やねんて!」という惜しいのもある。
どうでもいいことだけれど、そうでもしてないとやりきれない、というのもある。


Saturday, April 08, 2017

歓喜

来たー!
武道館ライブ映像DVD(初回限定MV集付き)!

これでまた、リトグリちゃんたちとの妄想会話が楽しめるっと!!

Sunday, April 02, 2017

犬らしい犬

小学生の頃、野良犬、飼い犬を問わず近所中の犬を「煮干し」で手なずけるほど犬好きだった自分が、ボーダーコリーを見て最初に持った印象が「犬らしい犬」だった。

真っ白でも真っ黒でもなく、小さ過ぎず大き過ぎず、短足でも足長でもなく、フワフワでもツルツルでもなく、つまり見た目にはこれといった特徴が無いけれども、オオカミのような怖そうな顔と思慮深そうな眼、、、これが、色んな犬と接してきて、何となく心の中に抱いていた「代表的な犬」のイメージだった。

だから、大人になって初めてボーダーコリーを見た時、最初に書いたような印象を持ったのかもしれない。
その時点では、犬を飼育できる環境ではなく、またボーダーコリーという犬種名すら知らなかったけれど、どーしてもその犬のことが頭から去らず、手当たり次第に調べ物をする羽目になった。
そうこうするうちに、自分の中で「犬らしい犬」が「特別な犬」に変わるのに、それほど時間はかからなかった。
かれこれ、もう、20年以上も前の話である。

、、、とゆー前フリから、新しく来たLouを見て改めて「犬らしさ」を感じた、みたいなことを言いつつ、実のところは彼女のノロケ話をしたかったのだが、ここまで読み返してみて、なんか文章が軽いなぁ~、ウソ臭いなぁ~と感じてしまったので、ここで筆を置くことにする。
残念です。

ま、人が遠い目をして語るような話は、大抵がウソと相場が決まってて、ウソというのがアレなら物語と言ってもいいけど、人は物語と無縁に語ることも生きることもできないのだから、全然気にすることは無いのだけれど。


媚びを売るLouとソッコー落ちるRudi

Tuesday, March 21, 2017

くだらない話(後編)

下町エリアに一歩足を踏み入れると、そこはもう立派なスラムでした。

荒れ果てた辺りの様子にビクついていると、向こうから悪党ヅラの女が近づいてきます。
あぷらんど姫でした。
長く離れて暮らしていた両者は、下町エリアで思わぬ再会を果たしたのです。
でも、それは幸せなものにはなりませんでした。

「うっ」
「うっ」

そうです、いきなりの対面に慌てた二人は、平常心の「あ」ではなく、緊張を煽る「う」を使ってしまったのです。
それがお互いの反感に火を着けたのか、ハデな取っ組み合いになってしまいました。

「ガルルルル」

怖ろしい唸り声を上げ、互いに相手の首を抱え込みます。
双方とも、頑として放しません。
どちらかが降参すれば決着がつくのですが、互いの意地もあるのでしょう、簡単には引き下がれないのです。

でも、意地の張り合いなら、下町育ちに一日の長があります。
もしし姫が「ひぃ」と声を漏らし、最初で最後の争いは終わりを迎えました。

やがて冷静になった二人は、それぞれの居場所に戻り、それぞれの暮らしを続けました。
And they lived happily ever after.


-- よーするに、くだらない話はどんな書き方をしてもくだらない、
-- とゆーお話でした。

Monday, March 20, 2017

くだらない話(前編)

むかしむかし、ある小さな王国に、もししとあぷらんどという2人の王女が住んでいました。

もしし姫は色が黒くて小心者でしたが、王室に取り入り、母屋でぬくぬくと暮らしていました。
色の白いあぷらんどは働き者でしたが、見た目がヤボったかったせいか、けっこう雑に扱われ、普段は下町で寝起きしていました。

もしし姫はあぷらんどの才気溢れる様子が妬ましく、また、あぷらんど姫はもししの調子の良いところが嫌いでした。
つまり、お互いに相手のことを良く思っていなかったのです。

ポカポカ陽気のある日、もしし姫は一人で裏庭に出てみることにしました。
いつもは、用心してすぐに室内に入る姫でしたが、その日はヘラヘラと調子に乗ってしまい、出入り口が閉められたことにも気がつきませんでした。
そのことを知ったのは、昼寝に帰ろうとして出入り口の前に立った時でした。

「ひっ!」

急に不安になってパニクった姫は、なぜか横手にあった塀をよじ登ってしまいました。
塀の向こうは、、、禁断の下町エリアだったのです。


--宿命づけられた二人の運命!
--以下、怒涛の後半へつづく!!

Monday, February 27, 2017

強者と弱者

ポイントゲットのテクニックとしては、「話題を変える」とか「キレてみせる」とか「言葉尻をとらえる」とか、いくらでも考えられるけど、案外効果的なのが「笑わせる」ことだ。
笑いが起こった瞬間、仕掛けた側にはシテヤッタリ感があり、笑わされた方はちょっと悔しかったりする。
つまりポイントのやりとりが発生する。

このテクニックのアドバンテージは、一方的にポイントを加算していっても、場の空気や人間関係が悪くならないところにある。
テレビを賑わしているお笑い芸人たちは、これを駆使できるという意味で、実は圧倒的な強者じゃないかと、わりと最近気づいた。
彼らには、たとえ相手が一国の総理大臣だろうが大会社の社長だろうが、一対一の会話であればまず負けないくらいの自信があるにちがいない。

だから彼らは、本来のバラエティだけでなく、アウェイなはずの司会やインタビューでも、相手に臆するということがない。
その余裕は、制作サイドや視聴する側の安心感につながる。
お笑い芸人があらゆるジャンルの番組に進出できるのは、ここが大きいと思う。

そういえば先日、NHKで「洞窟おじさん」というドラマをやっていた。
中学の時に家出をし、そのまま40年を山奥の洞窟で暮らした男の「ほぼ実話」だ。

前半のサバイバルの場面は、わりと平常心で観ていられたのだが、後半、他人との葛藤によって少しずつ「人間らしく」なってくるあたりから、ぐいぐい引き込まれてしまった。(しかし、リリー・フランキーってホームレス役がほんとハマるなぁ)

ドラマを見ていると、普通の人が普通に交わす会話が、慣れない男にとってはヒリヒリするような緊張を伴う体験であることがわかる。
だから彼は、人里に降りては山奥に逃げ帰ることを繰り返すのだが、他者や死者との関わりを通じて、最終的には人の世で生きることを選択する。

嫌な思いをすることがわかっていても人と関わって生きるしかない、、、そう覚悟を決めたのだろうか?
この辺に、人間性の本質的な何かが表現されているようにも思える。

ポイント判定アプリ


「会話が弾む」相手というのは、たぶん、ポイントのやりとりが頻繁で、かつトータルの勝ち負けが拮抗するような人だ(その逆は必ずしも成り立たないけど)。
ポイントの出入りが少なかったり流れが一方的だったりすると、内容が充実していても、イマイチ盛り上がりに欠けたり、ノリが悪かったりする。

最近のIT技術であれば、会話内容を認識するだけでなく、ポイント判定までできそうだ。
そうすれば、会話の「弾み度」をリアルタイムで判定したり、ロボットの会話能力を向上させたり、「気の合う相手」推薦アプリを開発できたりしそうである。

あ、これ結構良いかも!?って、こんなとこに書いてしもたら、もう特許取られへんやん!

パワーゲーム

どれだけ和やかで他愛の無い内容であっても、人対人の会話には、刹那のポイントを競うパワーゲームという側面がある。
ま、そう思ったってだけで何の根拠もないですけど。

例えば・・・

A 「なぁ、山本が結婚してたの知ってる?」
B 「え、そうなん!?」

 → 新情報を提供したAが1ポイントゲット。

A 「そうなんよー、ビックリやろ?」
B 「へぇ~、そうなんや。それで相手は?」

 → 質問したBは1ポイント減点。

A 「それがさー、なんと、経理のたま子ちゃん!」
B 「え゛~、うそやろ!」

 → と叫ばせたら高得点、Aに2ポイント追加!

A 「オレも最初に聞いた時、腰抜かしたわ。なんせデラックスたま子やからなぁ」
B 「いやいや、経理にお世話なってて、それはアウトやろ」

 → 軽くたしなめたBが1ポイント挽回!

・・・みたいな感じ。

これに表情とか態度とか地位とか年齢とかホームとかアウェイとかいろんなファクターが加わって、複雑でデリケートなゲームになる。
だから会話はおもしろいし、同時にしんどくもある。

どっちに傾くかは状況次第だけど、一つ言えるのは、人にとって「競う」ということが、息をするのと同じくらいフツーのことだとゆーこと。
ここは押さえとかないといけない。

いや、もしかしたらこれは順序が逆で、そもそもコミュニケーションというのは、わかり合うとか意思を伝えるためじゃなく、上下や順番を決めるものだったのかもしれない。

犬たちを見ていても、日がな一日、「そーゆーこと」にしのぎを削っている(ように見える)。
犬のことだったら、「くっだらねぇ!」と切って捨てられるのになぁ~。